FRANK GEHRY

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TEXT BY BARBARA ISENBERG | PORTRAIT BY RAFAEL PULIDO | ART

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健在の建築家のなかでおそらく最も有名なフランク・ゲーリーほど、人生で称賛されてきた人はいないだろう。ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールやスペイン、ビルバオのグッゲンハイム美術館といった並はずれた建築がこの世に彼の名前を知らしめてきた。また、TVシリーズ「シンプソンズ」での彼特有の流線を描く建築物や、その他の代表的な建築物を風刺したエピソードの効果もあり、今日、彼の作品は私たちに馴染みあるものになっている。
 
トロントで生まれ育ったゲーリーは十代の頃家族と一緒にロサンゼルスに移り住み、そこで60年代の初めから建築家としてキャリアをスタートさせた。ゲーリーは現在もロサンゼルス在住だが、彼の作品は世界中にある。ここ数年だけでも、パリやパナマ・シティで有名な建築物を設計し、オーストラリアのシドニー工科大学では彼の作風を代表するビジネススクールのビルを建てた。私はインタビューや記事、書籍などを通じてゲーリーのことをもう30年以上知っているが、彼の建築物がニュースにならないことは滅多にない。彼に会うといつも何か新しい話題があり、それは常に興味深い。
 
現在87歳のプリッツカー賞受賞経験のある建築家はその活動を控える様子はないようだ。
 
バーバラ・アイゼンバーグ(以下BI):50年以上も建築に携わっていらっしゃいますね。世界中の有名なビルを建設され、数多くの賞を受賞していらっしゃいます。それでもなお、あなたのすることはいろいろ言われていますね。
 
フランク・ゲーリー(以下FG):その通りです。私は外側からデザインすると言われますが、実際はそうではありません。クライアントと契約を結ぶといろいろなことを試します。彼らの気持ちを読み取ろうとしますし、何を求めているのか、何を必要としているのか、それに対し何を提案できるのかとね。
 
BI:輝かしいキャリアがある現在、プロジェクトを引き受ける決め手は何でしょうか?
 
FG:クライアントとの関係が心地よいものだと思えた時、プロジェクトを引き受けます。依頼を全て引き受けているわけではありません。プロジェクト自体も私が興味を持てるものでなければなりません。
 
BI:最近ではどのようなものに関心がありますか?
 
FG:社会的に大きな影響を与えると思うプロジェクトに興味があります。芸術や音楽、慈善事業に関するものや、世界をより良い場所にするために役立ちそうな案件を引き受けます。
 
BI:具体的にどの様なものでしょうか?
 
FG:最近、ダニエル・バレンボイムのウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団のオーディションのためにベルリンに行っていました。それは、中東出身の若者からなるオーケストラです。イスラエル人のヴァイオリニストとシリア人のオーボエ奏者が共に活動しています。彼らはみんな一緒に演奏をするんですが、これには涙がこぼれました。私からの贈り物として、ベルリンに3月オープンする予定の新しいコンサートホールを手掛けました。
 
BI:現在もその様な仕事を以前より多くされているのですか?
 
FG:おそらくそういうことになるでしょう。歳を重ねるにつれ、事務所にとっては必要ありませんが、私には現在の仕事の多くが慈善活動的な意味合いがあるのです。現在一緒に仕事をする息子のサムも、建築家としての才能を見せておりこの様なプロジェクトに関わっています。例えば、ワッツの「Children’s Institute」の校舎や「Jazz Bakery」などです。
 
BI:サムと一緒に仕事をされるのはどうですか?
 
FG:息子と仕事をするのはいいですね。彼は現在36歳で11カ月の娘の父親でもあります。私のそばで働くようになって10年になります。妻のベルタと私の新居を一緒に作っていますが楽しいですよ。息子が責任者となっていてもうすぐ完成です。
 
BI:シニア・スタッフにご自身のアイディアを投げかける様に、サムにも意見することがありますか?
 
FG: 彼の成長の邪魔にならないようにしていますが、少し意見を言うことはあります。逆に私が意見を求めた時、彼は躊躇しません。いつも何か言うのですが、たまに辛辣なこともあります。
 
BI:建築家として経験が浅かった頃、誰からインスピレーションを受けましたか?
 
FG:当初多くの影響を日本から受けました。南カリフォルニア大学で教鞭を取っていた講師のほとんどが日本から帰還した兵士だったからです。当時の木造建築は私のDNAに組み込まれています。またハーウェル・ハリス、フランク・ロイド・ライトが大好きです。フランク・ロイド・ライトの政治思想が嫌いだったので、彼に会う機会が3度あったのですが会うことはしませんでした。今となっては会わなかったことを後悔しています。ハーバード大学のデザインスクール大学ではル・コルビジェについて多くを学びました。USCの影響で日本に目を向け、またコルビジェの建築を見て回るためにヨーロッパに渡りました。コルビジェが私の一番のお気に入りです。
 
BI:またロサンゼルス出身のアーティストともかなりの時間を過ごしていらっしゃいましたね。60年代まだあなたが駆け出しの頃、これらのアーティストから受けた影響についてお聞かせください。
 
FG:彼らは私にとって本当に大切な存在でした。当時より現在の方が一層そう感じます。建築学校を卒業後、ウエスト・ハリウッドにある(グラフィックデザイナーの)ルイス・ダンジガーの自宅やスタジオのデザインをしたのですが、建築家から厳しい批判を受けました。これも、あれもダメだと。そのため疎外感を感じていました。
 
アーティスト達とは疎外感を感じることはありませんでした。ある日、ダンジガーの工事現場を見に行くとエド・モージズが辺りをぶらついていたんです。彼は気さくな性格なので話し掛けてきて、私の作品を褒めてくれました。そしてアーティスト仲間を連れだって戻って来てくれたのです。その後、私が彼のショーを見に行き、またそのグループにいた別のアーティスト、リチャード・ディーベンコーンやビリー・アルべングストン、サム・フランシス、マイケル・アッシャーのショーにも足を運びました。彼らはみんな好意的で、私はその仲間に入れてもらえたことを光栄に感じました。
 
BI:彼らからどんなことを学びましたか?
 
FG:やるだけやってみる、思い閃いたら実行に移すということを学びました。
 
BI:アーティストの取り組みは建築家のそれとどの様に違いましたか?
 
FG:取り組みの速さだと思いました。結果が出るのが早いのです。彼らはよくペインティングの話をしていたのですが、数日後には出来上がっているのです。建築は全てのことをしなければなりませんし、多くの法的な問題や流動的な部分があるのです。建築の方がずっと時間がかかります。アイディアが浮かんでも、それを建てるのに一年はかかります。また建物が大きければ大きいほど、その工程に時間を要します。
 
BI:気分転換はどうしていますか?
 
FG:セーリングに出かけます。大昔のことですが、偶然の出来事がきっかけでセーリングに興味を持つようになりました。セーリングにのめり込みました。セーリングに誘われれば誰とだって出掛ましたし、数年後には、自分のボートも買うほどでした。
 
BI:セーリングのどんなところが好きですか?
 
BI:とても静かなところです。自分がしていることの意味を理解しなければなりません。セーリングのメカニズムをよく知る必要があるのです。セーリングは毎回違います。風が微妙に違うのです。海のコンディションも毎回異なります。天気も様々で霧が出ているかもしれません。こういった問題全てに対処しなければなりませんし、問題に気付かなければいけません。セーリングのこの様な部分が魅力的なのです。
 
BI:最近ボートのデザインもされたそうですね。
 
FG:はい、みんな、いろんなことをして欲しいと連絡してきます。でも嫌じゃないです。私は何でも受け入れますし、好奇心旺盛なんですよ。
 
BI:そうですね、よく好奇心の重要性について話されますね。
 
FG:好奇心を抱いたのはタルムード(ユダヤ教の口伝律法で、ユダヤ教徒の生活・信仰の基になっている)について祖父と議論している時でした。タルムードは「なぜ?」という疑問から始まります。タルムードは課題、模索、疑問に思うこと、そして質問なのです。タルムードとの出会いはユダヤ人としての教育や躾けがきっかけでした。祖父の金物屋を手伝っている時、よく祖父とタルムードについて話しました。タルムードは、変化を受け入れることを厭わない、そして変化は避けられないということを教えてくれます。
 
BI:実際、お祖父様とお祖母様がトロントでの少年時代に、あなたに多大な影響を与えたそうですね。以前、お祖母様と建物を作って遊んだのがとても楽しかった、そして後に建築の道に進むことを後押ししてくれたと話してくれましたね。
 
FG:私が7歳か8歳の頃、よくかまど用の木くずを買いに祖母と一緒に出かけました。木くずは麻の袋に入れられ、時折、祖母は家に着くと袋の中身を全てキッチンの床に出しました。そして、一緒に床に座って町を作って遊んだのです。橋や、町、ビル。また祖母とそれについてよく話しました。彼女はポーランドのウッチ出身で、そこで鋳物工場を経営していたため、建物に関しての知識がありました。私には彼女の知識がとても面白かったのです。
 
BI:今ではあなたもお孫さんがいらっしゃいますね。さて、現在新たな一大プロジェクトに取り組んでいますね。ロサンゼルス・リバーです。現在のお歳で何故あれほど大きなプロジェクトを引き受けることにしたのですか?
 
FG:市長から依頼があったのです。市長の代理の方が来ました。その人はニューヨーク市が造ったハイラインが今人気スポットになっているので、ロサンゼルスもこの川を有効活用し人の集まる場所にするべきだと話してきました。しかし私は、ハイラインはさびれた高架橋に植物を植えた楽しい場所だけれど、川となると洪水対策が必要となるプロジェクトで、それは市が考えるべき問題だと言いました。もし市が問題を明瞭に解決し、過去20年間その川で仕事に携わってきた人たちから私を擁護し、私が彼らのテリトリーに入って行くことをきちんと伝えてくれるならば、このプロジェクトを引き受け、無料で調査をしようと話しました。調査は既に済んでいます。
 
BI:これはロサンゼルスであなたの功績になるものだと思っていますか?
 
FG:そんな風には思っていません。プロジェクトのまとめ役としか思っていません。私たちは何億ガロンという水を河から海へ流しています。それは浄化されて再利用されるべきです。そうすれば水を買うために支払っている相当の金額を減らすことが出来ます。未だ公衆衛生や解決しなくてはいけないその他の大きな問題が存在していますが、結局は行政がその代償を払うことになるでしょう。
 
BI:現在87歳ですね。プロジェクトは今までより楽になっていますか?
 
FG:楽にはなっていません。ビジュアル面の探求はまだ続いています。私は今でも面白みのないマテリアルを組み合わせて持続的な感情を喚起する方法を模索しているのです。
 
BI:年を重ねることのメリットありますか?
 
FG:歳をとることのメリットは、もし現役で仕事をしているならば、それまで以上の信用が得られることです。それから、自分の周りで起きていることがはっきりとわかることでしょう、そしてそれを無益であっても人のために利用することの意味がわかるようになります。
 
BI:依然として、楽観的ですよね。
 
FG:楽観的でなかったら、もう働いていないでしょう。今の自分があるのは、日々小さな幸せがあるからです。人はいろいろな面で進歩を遂げます。一人で生きている訳ではありません。様々な分野で、魅力的で興味を引くような環境を作るクリエイティブな活動があります。社会の様々な側面において、常々広まって欲しいと願ってきた数多くの発展を見ることが出来ます。そうやって世界は今までより最も良い場所になっていくのです。
 
BI:楽観主義だからこそ、ミゲル・デ・セルバンテスの「ドン・キホーテ」やルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」が大好きなのでしょうか?
 
FG:大好きですね。両方ともベッドサイドのテーブルに置いてあります。
 
BI:どうして好きなんですか?
 
FG:両方とも人間の弱さと喜び、人間の面白さと馬鹿さ加減について書かれているからです。私たちがみんな持ち合わせているものです。私たちの人生のほとんどはドン・キホーテよりもハチャメチャですけれどね。セルバンテスは私たちに釘を刺したのでしょうね。
 
バーバラ・アイゼンバーグは「ロサンゼルス・タイムズ」のベストセラーである「フランク・ゲーリーとの談話」の著者である

Born and raised in Toronto, Gehry moved to Los Angeles with his family as a teenager and launched his architecture practice there in the early ’60s. Gehry remains based in Los Angeles, but his work is everywhere; in just the last few years, he’s opened prominent museums in Paris and Panama City, and a signature business school building at Sydney, Australia’s University of Technology. Gehry’s buildings are rarely not in the news, as I know from interviewing and writing about him in articles and books for more than three decades. Every time we speak there’s something new to talk about—and it’s always interesting.Today, at 87, the Pritzker Award-winning architect shows few signs of slowing down.BARBARA ISENBERG: You’ve been practicing architecture now for more than 50 years. You’ve built important buildings all over the world, won loads of architecture prizes and yet you say there’s a lot of folklore about what you do.
 
FRANK GEHRY: There is. People say I design from the outside in, and that’s not true. Once I engage with a client, I try things. I try to discover the feeling of the client, what he’s asking for and needs and what I can bring to the table.
 
BI: At this point in your career, what leads you to take on a project?
 
FG: I take on projects when I feel comfortable with the client and relationship. I don’t take everything that comes our way. The project also has to be something I’m interested in.
 
BI: What are you interested in these days?
 
FG: I’m interested in projects I think have a good social impact. I take on commissions that have to do with art or music or philanthropy and that help to make the world a better place.
 
BI: Can you give me an example?
 
FG: I was recently in Berlin for auditions for Daniel Barenboim’s West-Eastern Divan Orchestra. It’s a youth orchestra, and the musicians come from all over the Middle East. There was an Israeli violinist, a Syrian oboist. They were all playing together, and it brought tears to my eyes. I designed their new concert hall in Berlin, which opens in March, as a gift to them.
 
BI: So you’re doing more of this sort of work now than in the past?
 
FG: Probably. Because I can. As I get older, more of the work now is philanthropic for me, although not necessarily for the office. My son Sam, who works with me and is showing talent as an architect, has also worked on some of those projects, like the Children’s Institute campus in Watts and the Jazz Bakery.
 
BI: What is it like working with Sam?
 
FG: It’s great working with him. He’s 36, married now, a new father with an 11-month-old daughter. He’s been here about 10 years, watching. I’ve been having fun working with him on a new house for my wife Berta and me, which he’s taken most of the responsibility for and which is almost done.
 
BI: Do you bounce ideas off Sam as you might your senior staff?
 
FG: I try not to infringe on his growth, but I pull him in a little. And if I ask him, he doesn’t hem and haw. He usually says something … and sometimes it’s devastating.
 
BI: Who did you find inspiring when you were a young architect yourself?
 
FG: Many of my early influences were Japanese, because so many of my teachers at the University of Southern California were GIs who were returning from Japan. The wood style of that time is in my DNA. I loved Harwell Harris and Frank Lloyd Wright. I didn’t like Frank Lloyd Wright’s politics, and so although I had three opportunities to meet him, I didn’t, and I regret it. When I got to Harvard Graduate School of Design, I learned a great deal about Le Corbusier. I had been so focused on Japan because of USC, and Corbusier’s work convinced me to go to Europe and look around. Corb is number one on my hit parade.
 
BI: You’ve also spent considerable time with Los Angeles artists. Could we discuss the influence of those artists when you were starting out in the ’60s?
 
FG: They were really important to me, and I understand it more now than I did then. When I got out of architecture school, I did [the graphic designer] Lou Danziger’s house and studio in West Hollywood, and I got a lot of flak from practicing architects here. This and that were wrong. So I felt alienated.
 
It was different with the artists. When I went to the Danziger site one day, the artist Ed Moses was wandering around, and he’s a friendly guy. He was very complimentary and came back with some of his artist friends. Later, I went to see his shows. I also went to shows of other artists in that group: Richard Diebenkorn, Billy Al Bengston, Sam Francis, Alexis Smith, Michael Asher. They liked me, and I felt honored to be in their presence.
 
BI: What did you learn from them?
 
FG: I learned an ability to take risks, to get an idea and to follow it through.
 
BI: How was the artist’s approach different from the architect’s approach?
 
FG: It was the immediacy of it. The results are quicker. The artists would talk about a painting, and a few days later it was done. With architecture, you have to work everything out. There are lots of legal issues and moving parts. Architecture takes longer. You come up with an idea and it takes a year to be built. And the bigger the buildings get, the longer the process.
 
BI: What do you do to decompress?
 
FG: I go sailing. Sailing is something I accidentlly became interested in a long time ago. I fell in love with it. I would go sailing with whoever asked me. Then, years later, I bought a boat.
 
BI: What is it about sailing? What’s the feeling?
 
FG: It’s quiet. You have to know what you’re doing. You have to focus on the mechanics of it, and it’s different every time. The wind is slightly different. So are the conditions of the sea. It can be overcast, sunny, foggy. You get into all kinds of problems, and you have to be aware. The aesthetic of it is beautiful.
 
BI: You recently designed a boat yourself.
 
FG: Yes. People call me to do all sorts of stuff, and I like it. I’m open to things, and I’m curious.
 
BI: You often talk about the importance of curiosity.
 
FG: Curiosity came to me through discussing the Talmud with my grandfather. The Talmud starts with the question “Why?” It’s all about challenging and searching and wondering and asking questions. My upbringing and Jewish training exposed me to the Talmud, and I would talk about it with my grandfather when I’d help out in his hardware store. What you learn from the Talmud is a willingness to entertain change, and change is inevitable.
 
BI: Actually, both your grandparents had a great impact on you when you were a boy growing up in Toronto. You’ve told me in the past about how remembering the fun you had building things with your grandmother later nudged you toward architecture as a career.
 
FG: When I was a kid of 7 or 8, I would go around with my grandmother to shops to get wood scraps for the stove. The scraps came in burlap sacks, and every once in a while, when we got home, she would empty the sacks on the kitchen floor. Then we’d sit on the floor together and build stuff—bridges, cities, buildings—and she’d talk with me about it. She was from Lodz, Poland, where she ran a foundry, so she had some stripes in building things. It was something she knew, and it was so much fun for me.
 
BI: Now a grandparent yourself, you’re taking on a whole new challenge: the Los Angeles River. Why did you take on such a huge project at this point in your life?
 
FG: Our mayor asked me to do it, and he sent some emissaries who said the city of New York built the High Line, which is getting a lot of play, and Los Angeles should be able to capitalize on its river and become a destination. I said the High Line was a rusting railroad bridge they put plants on, and it was fun and nice, but the river is a flood control project so it has its own mandate. I said if they would clear a path for me and protect me from all the people who have been working on the river for the last 20 years and are going to claim that I’m an interloper on their territory, I would take it on and study it pro bono, which I’ve done.
 
BI: Do you think of it as your legacy for Los Angeles?
 
FG: No. I don’t think of it like that. I don’t presume to be anything more than a facilitator. We’re letting a billion gallons of water go out of the river into the ocean that should be captured and cleaned and reused so we can lower our purchases of water by a significant amount of money. There are public health and other significant issues yet to be dealt with and solved, and they would pay for themselves in the long run.
 
BI: You’re 87 now. Do your projects ever get easier?
 
FG: I haven’t made it easier on myself. I’m still on that quest for visual answers. I’m still seeking the way to put inert materials together and evoke lasting feelings.
 
BI: Are there advantages to being older?
 
FG: The advantage of being older is that if you’re still standing and working and doing significant work, you get more credibility. You also have a clearer picture of what’s going on around you, and you understand the futility of trying to harness it all into the great cause for humanity.
 
BI: Yet you remain optimistic.
 
FG: If I wasn’t optimistic, I’d stop working. You see small victories that keep you alive. You make headway here and there. You’re not in a vacuum; there’s creative activity on many topics, which creates an exciting environment that’s engaging and keeps you interested. You see a lot of progress in many areas of society, which you always hope will prevail, and the world will continue to become a better and better place to be.
 
BI: Does that optimism explain your passion for Miguel de Cervantes’ Don Quixote and Lewis Carroll’s Alice in Wonderland?
 
FG: I love them. They are both on my nightstand.
 
BI: Because?
 
FG: Because they are telling us about the frailties of human nature and the joy, fun and nuttiness of it. We are all living like that. Most of our lives are more crazy than Don Quixote’s. Cervantes nailed us.
 
Barbara Isenberg is the author of the Los Angeles Times best-seller Conversations with Frank Gehry.