YOKO ONO

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INTERVIEW BY HUMANITY | PORTRAIT BY FRANCESCO CARROZZINI | CULTURE

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ヒューマニティ:あなたの子供の頃のことについて聞かせてもらえますか?幼少期やご両親、日本でのことなど。
 
オノ・ヨーコ:私の家族はかなり個性的でした。祖母は日本のフランス人学校へ通っていました。彼女は大きなフェミニスト団体の一員でした。当時イギリスでは、ブルーストッキングと呼ばれる女性解放運動が行われていました。同じころ、日本には青鞜と呼ばれる女性団体がありました。この名前はイギリスの運動にちなんで名づけられたものだと思います。私の祖母は、そのメンバーだったのです。彼女はとても強い人で、女性の可能性を広げた人でした。私の母も同じように強い女性でしたが、その強さは祖母と比べてより複雑に見えました。
 
ヒューマニティ:ではあなたはおばあさまに似たのですね。
 
オノ・ヨーコ:母親にも似ています。私は2人からいろんなことを学びました。
 
ヒューマニティ:日本で幼少期を過ごされたのですよね?
 
オノ・ヨーコ:日本で生まれ、2歳半まで東京で育ちました。父は、私が生まれる直前にアメリカへ行ってしまいました。母はそのことにひどく怒ったそうです。親戚から聞いた話では、母は泣いたそうです。私もお腹の中で怒っていたんじゃないでしょうか。彼は、自分が父親になるということに直面できなかったのではないかと思います。そういう男性はいます。
彼は自分の人生だけを見ていました。音楽と数学だけを。海外の数学者から、数学の質問に関する手紙がよく送られてきました。彼はまた、素晴らしいピアニストでもあり、私によく「ピアノを弾くときは曲を弾き終えるまで終えるまでやめてはいけない」と言っていました。それ以外のことは、あまり言われませんでした。

HUMANITY: What was it like for you growing up—your upbringing, your parents, growing up in Japan?
 
YOKO ONO: My family was rather unique. My grandmother went to a French school, in Japan. She was part of a very important feminist group. In England at the time, there was a feminist movement known as the Blue Stockings. Around the same time, there was an important feminist group in Japan called Blue Steps. I am sure that it was named after the English one. My grandmother was one of them. She was very, very strong and she really pushed boundaries. My mother on the other hand was an equally strong woman but expressed her strength in a more complex way than my grandmother.
 
HUMANITY: So you took after your grandmother.
 
And my mother: I learned from both of them.
 
HUMANITY: But you grew up in Japan, right?
 
YO: I was born in Japan and lived in Tokyo until I was about 2 and a half years old. My father went to the United States just before I was born. Yes. And my mother was very upset about it. I heard from the relatives that my mother cried. I was probably upset too, in her tummy. I think he just could not face it all, you know—the fact that he was going to be a father. Some men are like that. He was just concentrating on his own life. Music and mathematics. Mathematicians from other countries used to send him notes to ask mathematic questions. He was also a good pianist and would make comments to me like: “When you play the piano, you have to continue playing until you finish the work.” And he would not say much else to me.

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ヒューマニティ:ご家族はあなたの芸術家としての活動を応援されていましたか?
 
オノ・ヨーコ:私の母は有名な画家でした。ですから、両親とも芸術に対し非常に高尚な考えを持っていました。私は、2人が期待する何者にもならなかったことに、いつもひどい罪悪感を感じていました。父は、日本にマレーヴィチの作品を最初に紹介した人でした。しかし、娘には前衛的な人物になることを望んでいませんでした。私に向かって期待外れだと言ったことはありません。でも、2人とも私のコンサートに来たことがなかったので、彼らの気持ちが分かりました。ジョンと私が(ジブラルタルで)結婚したときも、二人が来ないことは分かっていました。
 
ヒューマニティ:あなたの創造力をかき立てるものは何ですか?どうして表現したいと思い、それを共有したいと思うのですか?
 
オノ・ヨーコ:それはとてもシンプルなことです。ただ好きだからです。ただ、私の頭と体が同意したものなのです。
 
ヒューマニティ:あなたの本『ただの私』を読むと、お嬢さんについて言及している箇所があります。あなたは母親になる準備をしており、現在も芸術家であり、音楽を作り続けていると書かれています。
 
オノ・ヨーコ:私は母親になる準備はしていませんでした。驚くことに、母親になりたいと感じたことがない女性はけっこういるのです。だから私はそれについて言いたかったのです。

HUMANITY: Was your family supportive of your art?
 
YO: My mother was an accomplished painter. So both my parents were very high-minded about art. I always felt very guilty that I did not become any of what they wanted me to become. My father was the first person who introduced Malevich’s work to Japan. But for his daughter, he was hoping that I would not be avant-garde. They never showed their disappointment. The way I knew was that they never came to any of my concerts. And when John and I got married [in Gibraltar], I knew they wouldn’t come to that either.
 
HUMANITY: What do you think triggered your creativity? What made you want to express yourself and make things to share?
 
YO: It’s something that came very simply to me. I just liked it. It’s just something that agrees with my brain and body.
 
HUMANITY: I was reading your book [Just Me, published in Japanese], the part where you talk about your daughter [Kyoko]. You expressed how you were not ready to be a mother—you were still an artist and you were still making music. I felt that you were so honest to who you are as a person.
 
YO: I was never ready to be a mother. It is amazing that there are many women who don’t feel like they want to be a mother. And so I wanted to say something about it.

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ヒューマニティ:母親であるとは、あなたにとってどのようなことですか?
 
オノ・ヨーコ:男性の社会から非常に明確なメッセージがあると思います。女性は子供を持つ必要がある、そうでなければ人類が消滅してしまう、という。だから彼らは絶えず「母親になることはなんて美しいことなんだ」「女性は母親になることを夢見ている!」「女性は子供を欲しがっている!」と言い続けるのです。私はあるイギリス人女性のことを思い出しました。彼女は私の母のそばで働いていたのですが、いつも怒っているような堅苦しい印象を受けました。ある日、彼女に尋ねたのです。「何かイヤなことがあったのですか?」と。すると彼女はこう言いました。「私が離れて行かないように、夫に毎年妊娠させられるんです」。そのことを思い出しました。昔はそういう男の人もいたでしょう。妻を妊娠させ続ける。想像できますか?
 
ヒューマニティ:できません。
 
オノ・ヨーコ:恐ろしいことですよ、そんなことするなんてとても恐ろしい。そうすることが、都合がよかったのでしょう。私には二人の子供がいます。彼らはとても優しくていい子です。私はラッキーな母親です。とてもかわいい赤ちゃんだったので、愛さずにはいられませんでした。
 
ヒューマニティ:あなたは常に芸術に献身的だったと思いますか?
 
オノ・ヨーコ:創造的な何かに取り組んでいる時は、とても気分が良いのです。子供ができる前は、よく「子供をつくらないの?それこそ創造的なことだよ」と言われました。でも私は全くそう思いませんでした。そのような創造の方法を好む人がいることは分かりますが、私は違いました。
 
ヒューマニティ:ではなぜ、もう1人のお子さん、ショーンを産もうと思ったのですか?計画的だったのですか?
 
オノ・ヨーコ:これは面白い話です。ジョンは何がなんでも私と子供をつくろうとしました。彼はよく「僕らは絶対に子供をつくるべきだ」と言っていました。私は何度か流産を経験しました。すると誰もが「彼女は持ち堪えられなかった」と言うの。とても英語的な表現でしょう。「持ち堪えられなかった」。幸いにも私たちはショーンを授かった。ジョンは狂ったように喜んで、すぐにでも発表したがりました。でも流産のことがあったので「今は発表しないでね」とお願いしました。だけど3カ月か4カ月経ったころ、ジョンは「もう大丈夫だ」と言いました。大丈夫かどうか分からなかったけど、私たちは発表しました。ジョンはとても誇りに思っていて、「親になることは楽しい」と周りの人に伝えようとしていました。彼の言葉は世界中を救いました。素晴らしいことだと思いませんか?

HUMANITY: So what is your perspective on being a mother?
 
YO: Well, I think there’s a very clear message from the male society that women have to have children, otherwise the human race is going to disappear. So they keep saying “What a beautiful thing you’re doing,” you know, and “Women love to be mothers!” and “Women love to have children!” I just remembered that there was this English woman who was working for my mother, and whenever I would visit my mother, this woman always seemed very stiff, very angry. I said to her one day, “Is there something that you don’t like in life?” and she said, “My husband gets me pregnant every year so that I won’t leave him.” And I remembered that. I guess some men used to do that, you know, keep their wives pregnant. Can you imagine?
 
HUMANITY: I can’t.
 
YO: A terrible, terrible thing to do to someone. I think that was rather convenient for the human race. In fact I have two children, and they are very kind, very good children, so I’m very lucky. Babies are so cute. So you can’t help falling in love with them.
 
HUMANITY: Did you feel you were always more devoted to your art?
 
YO: I just felt so much better when I was working on something creative, and before I had children people would say to me, “What about having kids? That’s creative.” I really didn’t think so. I really think some people like to create that way, but I didn’t.
 
HUMANITY: Then why did you decide to have another baby, to have Sean? Was it planned?
 
YO: It’s a funny thing. John was so adamant about having a child with me. He would say, “We have to have a child. We have to.” I ended up having some miscarriages, and everyone said, “Oh, she can’t hold it.” I mean, that’s a very English expression, I think. “She just can’t hold it.” Luckily we had Sean. I remember John was crazy and wanted to announce it right away. But because of the miscarriages I said, “This time, don’t announce it, OK?” But then around the third or fourth month he said, “Now it’s safe.” I didn’t know if it was safe or not, but we announced it. John was so proud about it, it was amazing, and he tried to show to other guys “it’s fun to have kids.” And that really helped the whole world. Isn’t that amazing?

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ヒューマニティ:あなたとジョンは、どのように互いの創造性にインスピレーションを与えあっていたのですか?
 
オノ・ヨーコ:それは奇跡のようなものです。私はいつも、ほとんどの男性は愚かだと感じていました。前夫ふたりのことを悪く言うつもりはないけれど。彼らはとてもいい人で、非常に繊細で、才能に溢れていました。彼らは私を守ってくれたし、トニーはとてもサポートしてくれました。ジョンはよく「彼女はすべての男は助手だと思っている!」と言っていました。そんなふうに見えていたようです。でも、ジョンは全然愚かじゃなかったんです。彼は、私が当時考えていた男性たちと全く違っていて、とても興味深かったです。私の知っている男の人たちは、才能があっても、自分の考えに固執していました。でもジョンはそうではありませんでした。彼は自分が見つけたものや面白いと思ったものすべてと調和しました。だから私たちは意気投合したんです。
 
ヒューマニティ:あなたとジョンは、パートナーであり家族でもある。そのなかで芸術活動をしながらお互いをサポートすることは大変なことではなかったですか?
 
オノ・ヨーコ:女性である私にとっては、彼の支えとなるのは普通のことです。だいたいの女性が旦那さんやパートナーにそうしていると思います。でもジョンが私に対してやってくれたように、男性が女性の取り組みをサポートすることは、当時は非常に珍しいことでした。
 
ヒューマニティ:ジョンが亡くなってから、ほかの男性と親しくなったことはありますか?あなたのパフォーマンスを見ると、とても性的な印象を受けます。だから素朴に疑問が浮かびました。親密な関係についてはいかがですか?
 
オノ・ヨーコ:そうですね。それは現実的な問題です。言えることは、私は人生のバランスを保つために、色んな視点で物事を考えているということです。私の活動は、より良い社会を築くためのものであると確信しています。これは非常に大変なことです。もし心から夢中になれる人がいなければ、うまく行かないでしょう。私が絶対に譲れないことに対して同じように感じる人に、まだ出会えていません。そういう人との出会いでなければ、ただの時間の無駄になります。セックスはまた別の話です。でも私にとって、それは全く切り離せることではありません。古い考えという人がいるかもしれないけれど、私は相手と自分の間に一定の精神的、心理的な理解を持たずにセックスをしたいとは思いません。私はそういう人間です。一夜限りの恋はしません。
 
ヒューマニティ:あなたとジョンは「芸術の子供」をつくりました。音楽を一緒につくり、本当の子供にも恵まれました。2人はすべてを一緒に体験した。そういう関係は、誰もが一生の間に見つけられるものではありません。
 
オノ・ヨーコ:その通りです。でも、こういった関係をつくることを最初から考えていたわけではありません。男性であるジョンは、私よりずっと現実的でした。「この関係を永続させるために、2人が一緒に関わる何かをしなくちゃならない」と、彼は言っていました。そして「わかった、映画だ!映画をつくるためにはたくさんのことをしないといけない。考えている時間はない」と。実現しませんでしたけどね。
 
ヒューマニティ:私が好きなあなたの言葉に、「1人で見る夢は夢でしかない。しかし誰かと見る夢は現実だ」というものがあります。とても美しいと思います。
 
オノ・ヨーコ:ありがとうございます。その前後に多くのことを書いたけれど、夢についてはジョンとの関係から閃いたものです。結婚してからジョンは、私たちの関係はとても良いものになるから、世間にそれを伝えるべきだと言っていました。「10年後、それはとても素晴らしいものになるだろう!」と。私は賛成しました。
 
ヒューマニティ:今、世界に向けて伝えたいメッセージはありますか?
 
オノ・ヨーコ:想像することが、現実をもたらす。私はそれを信じています。「イマジン・ピース(IMAGINE PEACE)」は私にとってとても大切で、現在はそこで活動を行っています。もう一つは「願いの木(Wish Tree)」です。子供の頃、よく日本のお寺へ行きました。そこにはおみくじが括られた木がありました。おみくじを買ってそれを木に括りつけるのです。おみくじには「健康」とか「愛」についてのメッセージが書かれているだけで、その人自身のことではありません。私は、人々が自分の心でそのメッセージについて考えることが大切だと思っています。ですから、みなさんが参加してくださることを信じて、この活動を行っています。最初の願いの木は、1996年にロサンゼルスにつくりました。次は1997年にスペインのアリカンテでした。驚いたことに、美術館に行ったことのない人も、自分たちの願いをつるすために願いの木に並んでいました。現在集められた願いの数は百万を越え、今後も増えるでしょう。さらに百万の願いは、(アイスランドの)イマジン・ピース・タワーのなかにあります。毎年光を天空に向けて照らし、少しは役に立っていると思います。
 
ヒューマニティ:あなたが影響を受けている人は他にいますか?
 
オノ・ヨーコ:すべての人は何らかの形でアーティストです。人々が心を開き、自分の中の何かを創造することはとても素晴らしいことです。それは、私たちや世界の役に立ちます。
 
ヒューマニティ:現在、もしくはこれから取り組むプロジェクトはありますか?
 
オノ・ヨーコ:12月11日から1月23日までニューヨークで素敵な展示会を行います。来年初めには、『Yes, I’m a Witch Too』をリリースします。
 
ヒューマニティ:現在世界で起きている出来事について、何かメッセージはありますか?
 
オノ・ヨーコ:イマジン・ピースのウェブサイトでは、「Don’t Let Your Eyes Dry(あなたの涙を枯らさないで)」という言葉をかかげています。私たちは、日々報道される世界の暴力的な状況に、非常に無関心になっています。つまり私たちは冷淡になってきているのです。エルサレムにあるコーヒーショップでは、イスラエルとパレスチナで大きな紛争が起こった後、一緒に来店して一緒のテーブルで食事をしたイスラエル人とパレスチナ人には、値引きサービスがあるそうです。とても美しい話だと思い、涙が止まりませんでした。そして気付いたのです。「よし、私の涙はまだ枯れていない」と。ぜひあなたの涙も枯らさないでください。

HUMANITY: How did you and John inspire each other creatively?
 
YO: That’s like a miracle, you know. Because I always felt that most men were dumb. I don’t want to insult my two previous husbands—they were nice people, very sensitive, and they were talented too. Toshi was very protective of me, and Tony was very good in assisting me. John used to say that: “She thinks all men are assistants!” Which was how I looked at it. So when I met John, I realized that he was not dumb at all. I thought it was so interesting that he was so different from the idea that I had about men at the time. That they could be very talented but so stiff in their ideas, but John wasn’t. He went with anything that came to him that he thought was interesting, and we hit it off.
 
HUMANITY: So was it easy for you and John to support each other with your art while also being partners and having a family?
 
YO: For me, as a woman, being supportive of him is a normal thing. Most women do that for their husbands or partners. But for men to support the woman in her endeavors, like John did for me, was very unusual at the time.
 
HUMANITY: Since John’s death have you had any other relationships? When I see your performances, I see you are a very sexual person, and I just wondered, what about intimacy?
 
YO: Well, you know, it’s a real problem. I’ll tell you that I’m thinking about many different aspects of my life in balance. And I make sure that I am working to bring a better society. It really means a lot of work, and if you don’t have somebody who is totally into it, it doesn’t work. I just haven’t met anybody that is so adamant about the kind of things that I am adamant about. And if I don’t have somebody like that, it would be just a waste of my time. Sex is a different story. But for me it is not separate. Some people might think that it is so old-fashioned, but I don’t want to have sex without a certain mental and spiritual understanding between a person and me. I’m like that. I don’t go for a one-night-stand kind of thing.
 
HUMANITY: You and John had an “art baby,” where you made music together, and you had an actual baby. You two really had everything together. Not everybody finds that in their lifetime.
 
YO: Exactly. Well, we didn’t think that that was the kind of relationship we were going to have. John, being a guy, was more practical than me. He said, “To make the relationship last, we have to do something both of us will be involved in.” He said, “I know, a big film! … There’s so many things we have to do for it, there is no time to think.” Well, we never did it, though.
 
HUMANITY: My favorite quote by you is: “A dream you dream alone is only a dream, but a dream two people dream together is reality.” It’s so beautiful.
 
YO: Thank you. I was writing many things before that and after, but that one about dreaming was inspired by our relationship. By the 10th year, John was saying a relationship can be very good and we have to tell them that. You know, “After 10 years, it’s gonna be so good!” I agreed.
 
HUMANITY: What are the messages you want to share with the world right now?
 
YO: I think that imagining things can really bring reality, and I believe in that. “IMAGINE PEACE” is very important to me, and that’s what I am working for. “Wish Tree” is another one. When I was a little girl and I would go to the temple in Japan, they had bushes with messages. You could buy the printed message and put it on the tree. Messages like “Health” or “Love,” just printed. So it’s not the message of that person. I believe that it is important that the person think about it from their heart. So I did this by believing in audience participation. The first “Wish Tree” I did was in Los Angeles in 1996, and the next one was in 1997 in Alicante, Spain. And then it was a surprise; people who never go to museums were queuing up to put their wish on the “Wish Tree.” So now all the wishes are collected, it’s over a million, and it will be more, but the 1 million wishes are under the IMAGINE PEACE TOWER [in Iceland]. Every year we shoot up the light, and I think it is helping a little.
 
HUMANITY: Who are some other people who inspire you?
 
YO: Everybody is an artist in a way, and it’s great that people can open up and create their own thing. Which will help all of us and our world.
 
HUMANITY: What other projects are you working on now and in the future?
 
YO: I will be having a beautiful show in NYC from December 11 to January 23. And early 2016 we will release Yes, I’m a Witch Too.
 
HUMANITY: Are there any current issues you want to comment on?
 
YO: “Don’t Let Your Eyes Dry” is something I put on IMAGINE PEACE.com. We are getting very nonchalant about the violent situations in the world that are reported every day. So our eyes are getting dry. There is a coffee shop in Jerusalem that, after a big conflict between the Israelis and Palestinians, gave a discount to people who came in together and ate together, Israeli and Palestinian together at the same table. I thought it was so beautiful and I started crying. And I thought, “OK, my eyes are still not dry.” Don’t let your eyes dry.